自己中なのは「悪」なのか?

メンタル

多くの人は、自己中なのは「悪」みたいなイメージを抱く。 

しかし、すえのぶはそうは思わない。

「自己中=悪」というのは世間の常識でしかない。

周りに合わせて行動することは時に大切なだけであって、 常に周りに合わせることが大切というわけではない。

実際、毎日楽しそうに自分らしく生きている人たちや、成功者たちの多くは、周りに馴染めないような人だったりする。

そして、人を振り回すようなワガママで自己中な人だったりもする。

世間では一般論を基準にする。

そこからはみ出た非常識な人が、悪者のような扱いを受けたりする。

しかし、

「自由に生きたい」

「自分らしく生きたい」

「人より大きく稼ぎたい」

というようなことを目指すなら、一般論なんか無視でいい。 

人生の質を上げるには、「どれだけ他人の意見を無視できるか」というのが重要になる。

「和を重んじなさい」

「周りに合わせなさい」

「周りと仲良くしなさい」

「大人の言うことを聞きなさい」

「先生の言うことを聞きなさい」

「上司の言うことを聞きなさい」

「目上の人の言うことを聞きなさい」

こういうのは、あなたが成功するために、あなたが自分らしく生きるために、言われてきたことではない。

むしろ、失敗しないために、周りに同調するために、言われ続けてきたことなんだよ。

ということは、その言葉をまじめに聞いたところで、他人の顔を伺いながら生きる、つまらない人生にしかならないということ。

自分らしく自由に生きていきたいなら、縛られて生きているやつらの話は無視でいい。

ところが、周りの意見に同調してばかりだと、自分の気持ちを出さずに、何をするにも相手の顔を伺うという生き方になる。

そして、嫌なことがあっても、とりあえず笑っていればトラブルも少なく暮らせる。

でも、そういう人間関係って本当に楽しいか?

どう考えても、楽しくないよね。苦しいだけじゃね。

嫌なものは嫌と言う。

気に入らないことがあれば、ちゃんと意見を言う。

慣れればその方が楽だし、それでも人が集まってくれば、それに勝るものはないだろ。

周りの顔色を伺ってばかりだと、思考が常に「他人ベース」になってしまう。

やりたいと思っていたことが、人の目を気にしたせいで行動に移せず。

言いたいと思っていたことが、相手の評価を気にしたせいで言えず。

そして、のちに後悔する。

下手したら、周りの人のせいにしてしまう。

そんなことなら、自分の人生、自分勝手に生きた方が100倍いい。

多くの人は死を直前にすると「もっと好きなように生きればよかった…」と言うそうだ。

真面目に会社に尽くしてきたけど、もっと自分を大切にすれば良かったと思うんだろう。

どれだけ周りに尽くそうが、最後は自分に素直でなかったことに悔いが残るんだろう。

死ぬ時に満足して死ねるかどうかは「どれだけ自分のために生きてきたか?」によって変わる。

もちろん、身近の愛する人たちのことは大切にすべきだ。

しかし、それほど関係が深いわけでもないやつに、自分を押し殺してまで尽くす必要なんてない。

他人に合わせながら生きるのではなく、自分が生きたいように生きればいい。

どうしてもやりたいことはやればいい。

どうしても言いたいことは言えばいい。

周りの多くの人の意見は聞く必要ないし、同調もする必要はない。

自分を押し殺してしまっている人は、自分勝手に自己中に生きる努力をするんだ。